講評

講評

論題

BMサマースラム2004 -離- 第2試合
「日本政府は、参議院を廃止すべし」

講評:中西夏雄

肯定側:奥山真・井上晋
否定側:太田龍樹・久保田浩
【試合結果】:否定側勝利
ジャッジ総数16名
肯定側 66.84P(4票) 否定側 77.24P(12票)

世間がプロ野球のオールスター戦と参院選の話題で持ちきりとなる中、こちら BMもオールスター戦&参議院の存続是非論で盛り上がりを魅せる。
BMディベートキングがディベートマニアⅢ以来の復帰で、№2のナイトと対峙すれば、ディベートマニアⅣ出場の「木星の蛍」の2人が、それぞれの陣営に分かれて真剣(マジ)でぶつかりあう。 早く試合が観たい!

試合全体について
肯定側は、議会としての参議院の機能不全をあげ、機能不全でコストがかかっているのなら廃止してしまおうという論に対し、否定側は、いや参議院は機能している、それに代議制民主主義の日本において、民意を示す選挙、議会の存在意義はコストをかけてでも残すべきとの論を掲げる。
2大争点として、一つは、参議院は機能しているのか、していないのか、もう 一つは民意を反映できるのか、できないのかという部分に集約されていく。 特に参議院の機能については、「チェック」という機能である。
肯定側は、「チェック」となる審議の時間があまりにも少ないことや、衆議院の構成とほぼ同じである参議院は、同じ立場、同じ観点で、チェックが働かない事、さらには、参議院の政党化、党議拘束に縛られた議員にチェック能力はないと説いてゆく。民意の反映にいたっては、議席数次第での発言権を上げ、少数派には質問時間すら与えられない、この現状で民意が反映できるのか?と疑問を投げかける。

それに対し否定側は、6年の任期、224人という人数は、異なる視点であり、十分チェック機能と成り得る。また民意の反映については、翌日に控えた参議院選を引合いに出し、廃止するということは、明日の民意表明の機会が失われることと訴える。

果たしてどちらが正しいのか!?

▼肯定側立論 -井上晋-▼
「木星の蛍」の一人、井上晋がオーディエンスを意識した立ち上がりをみせる。
「我が名はシェイエス晋である」
と18世紀フランスのシェイエスの名前の借用、言葉の引用をして哲学を説く。

「第二院は、第一院に一致すれば無用であり、第一院に反対すれば有害となる」

そして議会の重要な役割を2点述べ、参議院と衆議院を比較し、参議院がその役割を果たしていないことを丁寧に証明してゆく。
まず1点目の立法機能。
衆議院52件の立法と33件の修正案に対し、参議院は各々4件と5件。確かに立法、修正ともに圧倒的に少ない。
2点目のチェック機能。
これは衆議院の暴走、多数決主義の抑制、歯止めの監視だが、①選出、選挙基盤共に衆議院と全く同じ。そして参議院の政党化している現状によって、機能不全となっていると証明する。
その通り、日本には階級社会でもなく中央集権型の国家であるため、選挙基盤は同質といえるかもしれない。
そこで、メリット3点とその発生過程だ。
①無駄を無くして、効率化する。
立法機能においては衆議院との比較で、明らかに劣る、チェック機能においては機能しない構造。よって無駄であるから、廃止すれば効率化となる。
②年間550億円のコスト削減
参議院の年間コスト。廃止でこれが発生する。
③透明性のアップ
1994年に実際にあった例として、参議院を通すために裏で根回し、画策をした。つまり、参議院で否決されないため、色々工作をやっているわけで、これは国民にとって見えない部分。下手に参議院があるからで、なくしてしまえばこういった画策も無くなるため、透明性がアップするというわけだ。

▼否定側尋問 -太田龍樹-▼
さあ半年のブランクを経て、キング・リュウキの尋問が始まる。彼の真骨頂は、このパートで如何なく発揮されるはず。だが、なんと資料を鞄に忘れるという、らしからぬ失態。やはり半年のブランクは大きかったのか?
しかし、気を取り直してまず哲学へ突っ込んでゆく。主なものとして、
①有害とはいったいなんなのか?
②デモクラシーとはなんなのか?そこに効率化は含まれるのか?
③1994年の事例のみで、どうして一般化できるのか?

①については、肯定側の基幹を揺さぶり、②については、民主主義において効率化することの意味何なのだ!?、③については、透明性向上の前に、そんなに不透明なのか、とするどくついている。
しかししかし。このパートにおいて、本来のリュウキの姿は見えてこない、確かに鋭い口調、時折みせる切れ味の良さ。だが、全体的に有効と思える尋問は少々足りなかったように感じたのは、サブジャッジの私だけか。

▼否定側立論 -久保田浩-▼
哲学は、政治判断の誤りを抑えるためには、参議院が必要と説く。
デメリットは2点
①政治判断で誤る可能性アップ
②民意反映のチャンスダウン

そして発生過程を見ると、
①つまりは、1人より2人の方が異なる視点、立場からチェックが効く。
②参院選のタイミング時の民意が政治に反映しなくなるからと。戦後19回の選挙があったが、これが一切なくなると民意反映のチャンスがそがれるというわけ。

デメリット②については、翌日に参院選を控えるという絶好のタイミング。ここはアピールすればするほど、強く光を放ちそうだ!

続いて肯定側メリットへの攻撃。
メ①←参議院は無用じゃない。慎重な議論には必要なんだ、修正件数?関係ない、肯定でもOKなんだ、それが慎重に議論されたものならばと。
メ②←550億円/年⇔参議院議院242人のチェックの目。チェックが働くのだから対価としては妥当である。

なるほど、550億円/年のコストが安いか高いか妥当かを測る、比較できる一つの目安を提示してみせる手法は見事である。

▼肯定側尋問 -奥山真-▼
いつもの熱さがほとばしる話し方ではなく、淡々と紳士的に(誤解ないようにいっておくが、彼はいつも紳士である)質問を積み重ねてゆく。しかし、そうはいっても奥山真。次第にボルテージがあがってゆく。クールで紳士なナイトよりも、ホットで真摯なナイトの方が好きだ。さあ激しい尋問を見せてくれ、ナイトよ!

質:参議院のチェックとは具体的にどんなものだ?
応:存在自体だ。
質:ではチェック件数はどうだ?
応:137件の修正がある(H.1~H.13)
質:それで十分なのか?
応:修正件数では語れない。チェックは全件に渡ってされている。
質:では、その件数は多いのか少ないのか?
応:比較対象がないからなんともいえない。
質:では参議院の政党化は知っているか?
応:もちろん
質:党議拘束があることを知っているか?
応:知っている。
質:否定側は「多様性のあるチェックが効く」というが、党議拘束に縛られている議員がどのように多様性を出していくのか?
……

しかし、半年振りに復帰した王者、キング・リュウキの応答に気圧されたのか、主導権があるはずのパートで、相手の好きなようにやらせてしまっている。鋭い尋問が相手を追い詰める、鋭利な剣とならない。詰めきれなかったところに勝負の行方がおぼろげに見えてくる。

▼否定側反駁 -久保田浩-▼
肯定側尋問で弱められた部分について、別の視点から補強していく。
民意の反映については、その多寡よりも汲み取ることが民主主義なのだ、実際、現在の年金改革70%の反対意見を明日、反映できるではないかと。これはいい視点だ。
しかし、224人の参議院がなくなること=多様性がなくなることというのは、肯定側が突いてきた、構成が同じことと党議拘束に縛られているため、多様性がないことについての反駁にはなっていない。
反駁としては50%の成功率だといえよう。

▼肯定側反駁 -井上晋-▼
次月のパートナーによる反駁が、50%の出来だったとすると、さすがは井上晋。
見せてくれる。反駁を2大争点のチェック機能の働き具合と民意の反映に絞り、さらに、別の言い方で我々に提示してきた。
肯定側は二院制を否定はしない、が、ただし。チェックができていればの話だとする。理想としてはよいが、現実はどうなのだろうかと。参議院の審議時間は、12件/h、つまり5分で1件の審議をしている。これが審議といえるのだろうかと。
時間・人・コスト、いくらかけてもいいのであれば、チェックも可能かもしれないが、現実はそんなことできないし、できていないのだと。また民意反映にいたっては、議席数の少ない政党には質問時間すら与えられない現実があり、結局、参議院においても「数こそ力」という構図。これが、少数意見の汲み取りなのか、民意の反映といえるのかと反駁を重ねる。
非常に素晴らしい反駁だ。おもわず、あごを触りながら「なるほどぉ」と言ってしまいそうだ。素晴らしい、シェイエス晋!

▼否定側最終弁論 -太田龍樹-▼
まず肯定側のいうチェック機能不全の一つとしてあげる政党化について、ニューアーギュメントであるとし、言及せず。しかし、ジャッジとしては有効打とした。しかし、この後は見事であった。自らの論をまとめ、争点を洗い出し、それがどれぐらい自分達の方が正しかったか、そしてなおかつ、残った争点(コスト)については、徹底的に潰していく…。
磐石の最終弁論がここにあった。

▼肯定側最終弁論 -奥山真-▼
もう一度、立論に立ち返り、議会の機能について確認し、参議院がそれぞれにおいて、機能していない現状を述べる。そして、コストの対価、つまり550億/年によるチェック結果はどうなのだ?何も見えないではないかと。修正件数をとっても非常に少ないではないかと。

しかしここで難しいのは、修正件数=チェック機能が働いた、ということではないことだ。参議院が審議した、チェックしたということは紛れも無い事実。そして、問題がなければ当然通過し、問題があれば修正、否決をしてゆく。ということは、OKが多いことがチェック機能が働いていないということではないのである。チェックが働いて通過となったのか、それとも働かずして通過となったのか…。
ここに今回の「参議院のチェック機能」が働いているか、いないかの見極めの難しさがある。
肯定側の最終弁論では、この部分について、チェックが働かない構造なんだ、だから通過は、チェック機能が働かずしの通過なんだという強い論が欲しかった。そうだ、参議院の政党化、党議拘束が有効ではないか。しかし、残念ながら否定側最終弁論で「ニューアーギュメント」とされたことに対し、ナイトからの異議は最後まで聞くことはできなかった…。

▼判定と総括▼
肯定側が哲学とその後の論をうまく結びつけられなかったこと、そしてチェック機能不全において、具体的な数字の提示は非常に良かったが、修正件数の少なさ=機能不全というには、数字だけでは証明できないため、せっかく挙げていた構造上の理由をもう少し強く押し出せると良かった。
逆に否定側は、終始、哲学に従った論となっており、参議院の効果測定にこだわらず、「装置」としての重要性を強く訴えることができ、参議院の意義を伝えることができたと判断した。
これにより、否定側の勝利としたが、肯定側も非常に魅力的な展開を見せてくれた試合であり、ハイレベルな試合を堪能することができた。

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